少子高齢化が進み、日本の国力が徐々に衰退しているのは皆さんご存じの通りです。日本政府はこうした事態に対応するために、少子高齢化が進んでも1億人の人口を維持し、職場、地域、家庭で誰もが活躍できる社会づくりを目指しました。これが、いわゆる「働き方改革」です。
2016年9月に「働き方改革実現会議」が設置され、2017年3月には「長時間労働の是正」など9分野に関する具体的な方向性を示した「働き方改革実行計画」がまとめられました。そして、2018年6月には「働き方改革法案」が成立します。
こうして、2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行されていきました。本記事で解説する各分野の残業規制も、こうした流れの中で改正された法律に関するものです。
2024年4月からスタートした残業規制とは
少子高齢化が進んでも、これまでの国力を維持するためには、日本が構造的に抱えているさまざまな問題を解決しなければなりません。そのうちのひとつが、「長時間でかつ生産性の低い労働」でした。
日本企業の生産性は諸外国と比べると著しく低く、それを補うために、従業員には過度な長時間労働が課されました。こうした状況を鑑み、制定されたのが今回の36協定の時間外労働の罰則付き上限規制です。
これまでの経緯
そもそも労働基準法では、労働者の労働時間や休日は以下のように定められています。
- 1日に8時間、1週間で40時間以内
- 労働時間が連続で6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩
- 毎週1日、もしくは4週間で4日以上の休日
そしてこの原則を破り、従業員に法定外の労働を課すためには、以下の2つの要件が求められます。
- 使用者と労働者の間で労働基準法第36条に基づく労使協定(いわゆる「36協定」)の締結
- 労働基準監督署⻑への届出
この36協定で定める時間外労働には、上限が定められていました。しかし、ボーナス商戦や決算期のように特別の事情が予想される場合、新たに特別条項付きの36協定を締結すれば、時間外労働の上限限度時間を超える時間まで時間外労働を⾏わせることが可能となっていました。
つまり、事実上、時間外労働は青天井だったわけです。
労働基準法の改正と猶予期間
そこで、2018年に労働基準法が改正され、時間外労働に罰則付きの上限規制が制定されました。この改正により、時間外労働の上限は原則として⽉45時間、年間360時間となり、臨時的かつ特別の事情がなければこれを超えることができなくなりました。
この時間外労働の上限規制は、大企業に対しては2019年4月1日に施行され、中小企業でも1年の猶予期間をおいて、2020年4月1日から施行されました。
ただし、こうした時間外労働の上限規制の適用が猶予される職種がありました。それが、「建設業」「自動車運転の業務(運送業)」「医師」などです。これらの職種に関しては、2019年4月から時間外労働の上限規制を設けてしまうと社会に与える影響が大きいことから、5年間の猶予措置が設けられました。
そして、改正法が施行されて5年後の2024年4月1日から、上限規制が適用されることになったのです。
【職業別】残業規制で変わったポイント
前章で述べたように、働き方改革を実現するために労働基準法が改正され、5年の猶予期間を経て2024年4月1日から「建設業」「運送業」「医師」の時間外労働に対する上限規制が実施されることになりました。
そこで、業種ごとに具体的に何がどのように変わったのかを解説します。
建設業
建設業の残業規制について、36協定を結んだ場合の原則的な上限と、特別条項付きの36協定を締結した場合の上限がどのように変わったのかについて解説します。
建設業における残業規制の上限(原則)
建設業において、36協定を締結した場合の残業規制の上限は、これまで原則としては以下の通りでした。
- 原則として時間外労働の上限は月45時間、年間360時間(行政指導につき強制力なし)
これが、2024年4月1日以降は、以下のように変更になりました。
- 原則として時間外労働の上限は月45時間、年間360時間(法律による罰則あり)
ご覧のように、時間そのものに変更はありませんが、これまでは厚生労働大臣の告示につき強制力がなかったものが、改正労働基準法の定めにより違反した場合は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰⾦が科されることになりました。
特別条項付きの36協定を締結した場合の残業規制の上限
いっぽう、特別条項付きの36協定を締結した場合の残業規制の上限は、これまでは以下の通りでした。
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができる月は年6回(ただし上限時間は実質なし)
これが、2024年4月1日以降は、以下のように変更になりました。
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができる月は年6回(法律による罰則あり)
- 年720時間
- 2〜6ヶ月平均80時間未満
- 月100時間未満
建設業の残業規制の上限(例外)
建設業における残業規制の上限は、2024年4月1日以降は上述のように変わりました。
ただし、例外的に災害からの復旧や復興の事業に関しては、月100時間未満、2〜6ヶ月平均80時間内の2つの規制は2024年4月以降でも適用されないこととなりました。
運送業
運送業の残業規制について、36協定を結んだ場合の原則的な上限と、特別条項付きの36協定を締結した場合の上限がどのように変わったのかについて解説します。
運送業における残業規制の上限(原則)
運送業において、36協定を締結した場合の残業規制の上限は、これまで原則としては以下の通りでした。
- 原則として時間外労働の上限は月45時間、年間360時間(行政指導につき強制力なし)
これが、2024年4月1日以降は、以下のように変更になりました。
- 原則として時間外労働の上限は月45時間、年間360時間(法律による罰則あり)
この部分は、先程の建設業の場合と同じで、残業時間の上限そのものに変更はありませんが、違反した場合は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰⾦が科されることになりました。
特別条項付きの36協定を締結した場合の残業規制の上限
また、特別条項付きの36協定を締結した場合の運送業の残業規制の上限は、これまでは以下の通りでした。
- 改善基準公告に準じる(実質的な上限規制なし)
これが、2024年4月1日以降は、以下のように変更になりました。
- 年960時間以内(法律による罰則あり)
運送業に関しては、建設業のように、時間外労働と休日労働の合計について、「時間外労働が⽉45時間を超えることができる月は年6回」「2〜6ヶ月平均80時間未満」「月100時間未満」などの規定はありません。
ただし、別途、運転時間や勤務時間インターバルについて定めた「改善基準公告」を遵守しなければなりません。
医師
医師の労働時間も、他の職業の場合と同じように「1日8時間、週40時間」が法定労働時間として定められています。
ただし、医師に対する時間外労働の上限は、一般企業の場合と異なり以下のように3つの水準に応じて上限が設けられています。
- A水準:診療に従事するすべての医師
- B水準:地域医療暫定特例水準(救急医療機関など)
- C水準:集中的技能向上水準(研修などを行う医療機関)
- 月45時間、年間360時間(法律による罰則あり)
- 月100時間未満(例外あり)、年間960時間以下(法律による罰則あり)
- 月45時間、年間360時間(法律による罰則あり)
- 月100時間未満(例外あり)、年間1,860時間以下(法律による罰則あり)
A水準の時間外労働の上限
A水準の医師に対し、36協定で締結できる時間外労働の上限は、2024年4月1日以降以下のようになります。
ただし、臨時的な必要がある場合については、以下のように定められています。
B、C水準の時間外労働の上限
B、C水準の医師に対し、36協定で締結できる時間外労働の上限は、2024年4月1日以降以下のようになります。
ただし、臨時的な必要がある場合については、以下のように定められています。
まとめ
2024年4月1日から、これまで猶予期間が設けられていた建設業・運送業・医師の残業規制が、本格的に実施されることになりました。
これまでは違反しても行政指導だけで罰則などはありませんでしたが、2024年4月1日以降は罰金もしくは刑罰が科されることになります。したがって、従業員の残業時間については、これまで以上に厳しく管理しなければなりません。
ですから、もう少し詳しく知りたい方やどのような対策を立てるべきかを知りたい方は、早い段階から専門家に相談しておくと良いでしょう。